創 (雑誌)

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(つくる)は、東京都新宿区四谷に本社のある有限会社創出版が発行するマスメディア批評を中心とした日本月刊誌である。

概説

テレビ放送局新聞社出版社広告界の特集が多い。またその中でもマスメディアの存立基盤である言論の自由報道の自由表現の自由に関する特集や、漫画アニメなどのサブカルチャーに関する特集、ロス疑惑オウム真理教事件・連続幼女殺人事件・和歌山毒物カレー事件といった社会問題についての特集が組まれることが多い。

刑事事件や社会問題では刑事事件被告の手記を掲載したり、大手マスメディアの論調とは異なる意見を度々掲載。表現の自由、基本的人権の擁護を基調として、大手マスメディアを通じて形成される「世論」に対して別の視点を提起するような内容となっている。編集長篠田博之(1981年就任)。創出版は「マスコミ就職読本」なども発行しており、「マスコミ就職読本」の編集で忙しい時期には合併号になることもある。

柳美里、あの老舗雑誌の原稿料未払いを告発。他にも被害者多数「催促したら逆ギレされた」

作家の柳美里氏が、自身のブログで衝撃の告白をした。雑誌「創」(創出版)の連載エッセイ『今日のできごと』が休載になった件を受けて、過去数年にも及んで原稿料が未払いになっていたことを明かしたのだ。

2014年9月、柳氏は意を決して同誌編集長に「稿料未払い分を計算して、振り込んでください。全額振り込まれるまで、次の原稿を書くことはできません」とメールすると、編集長から次のような返答があったという。

「返信が遅くなって申し訳ありません。ショッキングなメールでしたので、考える時間が必要でした。おっしゃること、もっともだと思います。何とかしようとは思っているのですが、大変な時期に力になれずにいて申し訳ありません」

執筆者から寄せられた未払い分原稿料の催促を“ショッキング”と表現することには違和感を抱かざるを得ないと語るライターも、過去に「創」による原稿料未払いの被害に遭いそうになったことがあると明かす。

「『創』は、もう何年も前から赤字であり、原稿料の未払いも数え切れないほどあるという情報が耳に入ってきています。芥川賞作家である柳氏に対してですらこの扱いですから、若手ライターの扱いは推して知るべしでしょう。実際、複数のライター仲間からも『創』が原稿料を払ってくれないという声を聞きます」

このライターは、以前未払い原稿料を催促した際の「創」の反応について、次のように明かす。

「編集長から、『ウチは金がなくてもがんばっている。自分の給料を切り崩してまでやっているんだ。それなのに、なんてこと言うんだ!』と逆ギレされました。これが、『創』の基本的な考え方です。柳氏への返答でも、その片鱗を見せていましたね。私の場合は催促の末、ようやく原稿料が振り込まれましたが、こちらから催促しないと一生未払いのままだと思います。半年以上未払いが続いていたのに、編集長は『こちらのことも理解してくれ』と最終的には恨み節を言っていましたけどね。私はもう二度と『創』の仕事しないと決めています」

それにしても気になるのが、数年分たまった柳氏への未払い原稿料の金額だが、柳氏クラスになればかなりの金額になるとも考えられる。

「私の場合、原稿執筆前に提示された金額、催促した直後に言われた金額、最終的に支払われた金額がすべて異なりました。要するに、『催促されたら、その時に考える』というスタンスであり、法に触れる行為に当たる可能性もあると思います」(同)

「創」がこのような事態の陥っている理由について、出版社関係者は次のように語る。

「会社を支えていた『マスコミ就職読本』の売れ行きが、インターネット上に無料の情報があふれ始めた2000年代に入って以降減少し、それに代わる収益柱を見つけられていないためだと出版業界ではいわれています。『創』はまだ存続していますが、もちろん雑誌の存続のために執筆陣を“タダ働き”させることは許されるべきではありません」

連載コラム・連載記事

現在の連載については以下の通りである。

過去の連載

略史

元々は『構造』という総会屋系雑誌であった。71年6月廃刊

  • 1971年10月 『構造』を引き継ぐ形で創刊。当初の発行元は綜合評論社。主にノンフィクションを取り扱った。
  • 1981年8月 篠田博之が編集長に就任。このころメディア批評誌への転換を図る。
  • 1982年6月 綜合評論社が休刊・解散を決定し、当時の篠田博之ら編集者が有限会社創出版を設立。これにより総会屋との関係が無くなる。
  • 1982年11月 創出版によって発行されるようになる。しかし、このころの経営基盤はかなり不安定だった。
  • 1983年 『マスコミ就職読本』シリーズの発行を開始。ただし、当初は『マスコミ就職本』というタイトルで、ゲリラ的にマスコミ採用現場をスッパ抜くスタイルだった。しかし、マスコミ志望者に支持を受け、同社の基幹へと成長した。

不祥事

  • 1991年9月に、イトマン事件で当時の代表が事件にかかわっていたため、編集部が家宅捜索を受けた。そのため、逮捕された代表とは決別した。
  • 2014年10月、一部の執筆者に対し、数年に渡り原稿料が支払われていないことが、当該執筆者から公表された。

関連項目

外部リンク